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浦和地方裁判所 昭和34年(ヨ)32号 判決 1960年3月30日

申請人 富永保邦 外三名

被申請人 富士文化工業株式会社

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人等の負担とする。

事実

第一、申請の趣旨

申請人等は「被申請人は申請人等を従業員として取扱い、昭和三四年二月二〇日以降本案判決確定にいたるまで、申請人富永保邦に対しては毎月五日に金一二、〇七五円、同曽根由雄に対しては前同様金八、三〇〇円、同小島に対しては前同様金一二、八七五円、同金内に対しては前同様金五、三〇〇円の割合による金員を支払え」との裁判を求め、被申請人は主文同旨の裁判を求めた。

第二、申請の理由

一、被申請人は、石油コンロ等の製造販売を業とするものであり、川口市栄町一の二、〇九〇に工場を有している。申請人等は同工場の従業員として勤務していたものであり、同工場にはその従業員の大多数の加入する全金属労働組合埼玉地方本部富士文化工業支部と呼ぶ労働組合(以下組合と略称する)があり、申請人富永はその執行委員長、同小島は副執行委員長、同曽根は書記長、同金内は組合員である。

二、ところで被申請人は、昭和三四年二月二〇日申請人等を解雇に処したが、これは次のとおり不当労働行為であるから無効である。

(一)  昭和三四年二月はじめ頃、前記工場の従業員間に労働組合を結成しようとの気運が盛り上り、同月一二日前記組合を結成し、翌一三日その旨被申請人に通告した。同月一六日にいたり、組合は被申請人に対し賃金値上げ、労働基準法の完全遵守等を内容とする団体交渉を同月一九日に開くよう要求した。

(二)  これに対し、被申請人は、同月一九日、団体交渉には応ずるが準備のため交渉期日を若干延期する旨回答して来た。

(三)  同日まで組合員は平常どおり就労し、争議行為と目されるものはなかつた。勿論申請人等も平常どおり勤務していたのに、翌二〇日被申請人は、申請人等を懲戒解雇に処する旨通告し、工場を閉鎖した。

(四)  この様に申請人等には何ら懲戒解雇になる理由はないのであるから、この解雇は、申請人等が組合の結成、団体交渉の申入れ等の正当な組合活動に中心的に活躍したのを嫌悪し、組合の正当な団結権を阻害するためであつて、この解雇は不当労働行為であるから無効である。

三  申請人等は解雇となつた当時、被申請人より一ケ月に次のとおりの賃金の支払いを受けていた。これらはいずれも日給計算で支払日は翌月五日であつた。

基本給(日給で一ケ月二五日計算)

日給額

係手当

皆勤手当

交通費

一ケ月賃金

富永

一〇、七七五

四三一

一、〇〇〇

三〇〇

一二、〇七五

小島

一〇、九七五

四三九

一、〇〇〇

三〇〇

六〇〇

一二、八七五

曽根

八、〇〇〇

三二〇

三〇〇

八、三〇〇

金内

五、〇〇〇

二〇〇

三〇〇

五、三〇〇

しかるに前記解雇により、申請人等はこの支払を受けることができなくなつた。

四、前記のように解雇は無効であるから申請人等が被解雇者として取扱われることは甚しい苦痛であり、又賃金を得なければ生活ができないので、申請の趣旨記載の仮処分を求める。

第三、申請の理由に対する被申請人の答弁並びに反論

一、申請の理由一、の事実は認める。

二、申請の理由二、の冒頭の事実のうち、被申請人が申請人等をその日時に懲戒解雇にしたことは認めるが、それが不当労働行為であるとの点は否認。二、の(一)の事実のうち、そのとおり組合より組合結成の通知、団体交渉開催の要求があつたことは認めるが、その余は不知。二、の(二)の事実は認める。二、の(三)の事実のうち、被申請人が申請人等を懲戒解雇にしたこと、工場を閉鎖したことは認めるが、その余は否認。二、の(四)の事実は否認。

三、申請の理由三、の事実は認めるが、係手当、皆勤手当、交通費は仮処分の際における賃金計算には含まれない。

四、被申請人が、申請人等を解雇にした理由は次のとおりである。

(一)  申請人富永の解雇理由

(1) 富永は、小島及び曽根と一緒になつて会社の業務を妨害するために自分がプレス係長であるのを利用し、部下係員をして昭和三四年二月一六日始業時より同月十九日まで、石油コンロの重要部品であるチムニー(燃焼筒)の穴明け工程たる業務を停止させ

(2) 小島及び曽根と共に前同様の目的でチムニー組立班長大木ふみ子に対し、威力を示してプレス係の前記(1)記載の事実を工程管理課長柴田義正に報告することを制止し

(3) 小島及び曽根と共に前同様目的でチムニー組立班長大木及び風呂釜組立班長白根みち子に対し、その生産量を一日一個に制限することを指示し、以つて石油コンロの製品生産量を同月一九日には平常の三分の一に減退させ、同月二〇日には全く生産ができないように企て

(4) 小島及び曽根と共に前同様目的で同月一六日及び一九日、工場構内における集会禁止の命令を無視し、工場長の制止を拒否し職場大会と称して従業員を参集せしめ、約一時間に亘り約五〇名の従業員に職場離脱をなさしめ

(5) 小島及び曽根と共に前同様目的で同月一七、一八、一九日に亘り、就業規則(特にことわらない限り昭和三四年二月一日施行のもの)第三四条第五号に違反して工場内建物器物に無数のアジビラを貼り、工場長のビラをはがせとの指示に従わず、又就業時間中ビラの製作貼付を行い、その間職場を放棄し、

(6) 同月一九日午前一〇時二〇分より四〇分間、工場外に無断外出し、その間職場を離脱し、しかもその帰社にあたり正門を乗り越えた。右の所為中(1)乃至(3)は、就業規則第四四条第八号、第二号、同第九条第二号、第四号、同第四四条第一五号に、(4)は同第三四条第七号に、(5)は同第三四条第五号に、(6)は同第九条第四号、第四四条第二号に各該当する。

(二)  申請人曽根の解雇理由

(1) 曽根は、富永及び小島と一緒になつて会社の業務を妨害するために富永の解雇理由(1)乃至(5)の行為に参画し

(2) 同月一九日午前九時に早退したに拘らず同一〇時に無断で再出勤し、工場長の制止を拒否して職場内を転々とし、他の従業員に職場離脱をなさしめ

た。(1)の各事実は、富永について述べたとおりであり、(2)は就業規則第四四条第一五号、第三四条第五号、第九条第二号、第四号に各該当する。

(三)  申請人小島の解雇理由

小島は、

(1) 富永及び曽根と一緒になつて会社の業務を妨害するために、富永の解雇理由(1)乃至(5)の行為に参画し

(2) 熔接係長の職務権限を利用し、昭和三四年一月二四日昼早退したのにかゝわらず、その旨自らタイムカードに押刻せず部下に命じて午後五時二五分定時に退出した如く押刻させ、半日分の賃金を詐取し

(3) 就業時間中、会社の資材を使用して煙草灰皿二個を製作してこれを私品とし

た。(1)の各事実は、富永について述べたとおりであり、(2)は就業規則第四四条第一号、(2)は、同第四四条第五号に各該当する行為である。

(四)  申請人金内の解雇理由

金内は、

(1) 工場内男子工員及び本社営業部員中工場内寮舎に宿泊している者と兎角の風評があり、不特定多数の異性と就業時間中職場内において、工場の風紀を紊乱し

(2) 同月一一日より七日間無断欠勤をし

た。右の所為中(1)は就業規則第一〇条第一号、第四四条第六号に、(2)は、同第四四条第二号、第九条第九号に各該当する所為である。以上のとおり、申請人等には就業規則違反の所為があり、それがいずれも情が重いので就業規則第四七条により懲戒解雇に処したものである。

尚昭和三四年二月一日より施行の右就業規則につき申請人等は申請人等の解雇当時右就業規則は労働基準法第八九条による行政官庁への届出がなされておらず又同法第一〇六条に規定する周知方法を欠いたものであるから、右就業規則を適用することは出来ないと抗争するが、右規定はいずれも訓示規定にすぎずその効力に影響はない。

仮に右就業規則の適用がないとしても、被申請人には昭和三一年二月一日施行し同月二九日板橋労働基準監督署に届出た就業規則が存在し、申請人等の行為は同規則第二三条第一号、一四号、一五号に該当するのでこれによつても申請人等を懲戒解雇にすることができたのであるから、右解雇は有効である。斯様に申請人等は懲戒解雇に処せられたものであつて、申請人等主張のように、被申請人等が申請人等が組合の結成等したのを嫌悪し或は組合の団結権を阻害するために解雇したものではない。従つて不当労働行為となるものではない。

第四、被申請人の反論に対する申請人等の答弁並びに反論

一、被申請人の主張する解雇理由に対する申請人等の答弁

(一)  富永の解雇理由に対して

(1) 解雇理由(1)乃至(3)のうち、富永がプレス係長であること、同月一六日より一九日までチムニーの穴明け工程の業務が停止していたこと、チムニーの組立班長が大木ふみ子であることは認めるが、その余は否認。

石油コンロの生産が減少したのは次のような事情によるものであつて、富永等の故意によるものではない。その頃石油コンロの製造は需用に間に合わない位多忙を極め、完成品がないような状態に加え、労働強化が甚しく病気欠勤者が続出した等の理由で生産量の減少の傾向にあつたところに、偶々二月下旬新型北海道向E型の大量発注があつた。そのためそのタンクの穴明けにフツトプレスを使用したためチムニーの穴明けが出来なくなつてしまつた。元来石油コンロの生産は流れ作業工程によるものであるため、前述の理由でチムニーの生産が停止しそのため必然的に石油コンロの生産が減少したものである。

(2) 解雇理由(4)の事実のうち、二回に亘り職場大会を開いたことは認めるが、休憩時間中であつて職場離脱ではない。

(3) 解雇理由(5)の事実のうち、ビラ(但しそれはアジビラではない)を貼つた事実は認めるがその余は否認。

(4) 解雇理由(6)の事実のうち、外出したこと及び正門を乗り越えたことは認めるが、無断で外出したものではなく工具購入のため会社に通告のうえ外出したものであり、帰社に際し正門を乗り越えたのは、通常は開いている正門を会社が閉ざしてしまつたため止むを得ず乗り越えたものである。

(二)  曽根の解雇理由に対して

(1) 解雇理由(1)に対しては、富永について述べた(1)乃至(3)記載のとおりである。

(2) 解雇理由(2)の事実のうち、早退したこと並びに再出勤したことは認めるが、その余は否認。当日会社の電話で私用の電話をかけようとしたところ、平常に反しこれを許さなかつたため、早退して電話をかけたところ、工場長より人手不足で困却しているから仕事をしてくれと云われたので再出勤し就労したものである。

(三)  小島の解雇理由に対して

(1) 解雇理由(1)に対しては、富永について述べた(1)乃至(3)記載のとおりである。

(2) 解雇理由(2)の事実のうち、昼頃早退した際タイムカードにその旨押刻しなかつたことは認めるが、その余は否認する。当日小島は病気のため工場長に告げて早退したのであるが急いでいたためタイムカードの押刻を失念していたところ、誰かゞ正常退社の如く押刻してくれたものである。小島は後日これを知つてその旨工場長に告げたところ工場長は出勤時間を是正すると云つていたのである。

(3) 解雇理由(3)の事実のうち、灰皿一個を製造したことは認めるが、その余は否認。製造したのは休憩時間中で、この程度のことは他の従業員も屡々行つていることであり、会社も事実上黙認していたことである。

(四)  金内の解雇理由に対して

(1) 解雇理由(1)は否認。

(2) 解雇理由(2)は認める。欠勤した理由は欠のとおりである。かねて金内と会社営業部員との間に縁談があり、工場長も仲に入つて話を進め、金内は当然結婚出来るものと思つていたところ、昭和三四年二月一一日にいたり突然相手方より破談の申入れがあり、金内は多大の精神的打撃を受けたので、その心境を整理し精神的苦痛を癒すため会社を欠勤したもので、この事情は会社も十分了知していたもので、同月一八日出勤した際も工場長は何らこれをとがめることはなかつた。

(五)  尚被申請人の主張する昭和三四年二月一日より施行と云う就業規則は、その作成に関し従業員の過半数の代表者若しくは組合の意見を聴取した事実もないし、又昭和三四年二月一日より施行となつているのにこれまで従業員の誰もこの規則の存在を知らされておらず、その上労働基準監督署長に対する届出も同月二四日に至りはじめてなされたものにすぎない。これによると右規則は組合結成後か或は工場閉鎖後作成し、故意にその施行期日を遡及させたものと云わなければならない。又被申請人は、予備的に昭和三一年二月一日より施行の就業規則の適用を主張するが、かゝる就業規則の存在したことは認めるが、これは公布されたものではないから、申請人等は右就業規則の適用を受けない。

二、(一) 被申請人は、申請人富永、同曽根、同小島の三名に共通する解雇理由として三名共謀のうえ会社の業務妨害の目的で石油コンロの生産を減少させ或は職場大会を開いて多くの従業員に職場離脱をさせ、就業時間中にアジビラを作成した等(富永に対する解雇理由(1)乃至(5))のことを挙げている。

(二) 申請人等は、かゝる行為の存在自体を争うものであるが、仮にかゝる行為があつたとしても、それらは申請人等の解雇理由にはならない。およそ労働者が、使用者に対し就業時間中に前記(一)のような行為に出たとしても、それが労働者の地位を向上させるための自己の主張を貫徹する目的でなされるかぎり、正当な争議行為である。仮にそれが組合の決議に基かないとしても、組合内部における統制違反等の問題は起きても、正当な争議行為たるを失わない。従つて申請人富永、同曽根、同小島が、仮に前記(一)の行為をなしたとしても、従業員の賃金値上げ、労働基準法の完全遵守等の要求を貫徹する目的でなしたものであるから、それは正当な争議行為である。

(三) 被申請人はかゝる正当な争議行為をもつて解雇理由とするのであるから、申請人富永、同曽根、同小島の解雇は、とりもなおさず不当労働行為であつて無効である。

第五、疎明方法<省略>

理由

一、申請人等が被申請人の従業員であつたところ、昭和三四年二月二〇日にいたり被申請人が申請人等に対し同人等を懲戒解雇に処する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

これに対し申請人等は、これは不当労働行為になるものであると主張するのに対し、被申請人はこれを否認し申請人等を懲戒解雇に処したものであると抗争する。そこでまず被申請人の主張する懲戒解雇の理由の有無につき判断することとする。

二、申請人富永、同曽根、同小島の懲戒解雇理由について

成立に争いのない疎乙第五八号証、同第六二号証、証人大野啓行の証言によりその成立が認められる疎乙第三号証、同第七号証、同第八号証、当裁判所が真正に成立したものと認める疎乙第一三号証、同第一八号証、同第三四号証並びに証人大野啓行の証言を綜合すれば、申請人富永、同曽根、同小島は昭和三四年二月一六日夜組合の他の役員と集会し、被申請人会社の生産を低下させ被申請人に打撃を与える具体的方策を協議した結果石油コンロの部品であるチムニー(燃焼筒)の穴明け作業を停止すれば流れ作業工程のもとにおいては必然的に次工程の作業を不可能にし石油コンロ製品の生産を阻止することとなり、これは被申請人に大きな打撃を与えることとなるから以後右チムニーの製造を停止しようと決議したこと、この決議に基き翌日以降は申請人富永、同曽根が中心となつてその配下の者等に命じ、チムニーの材料の在庫があつたのにかゝわらずこれが穴明け加工をなさしめなかつたこと、そのため同月一八日には石油コンロの必需部品たるチムニーの生産は全く停止し、その後の工程に従事する者はなすべき仕事のない状態となり、石油コンロの製造に支障を来す様になつたこと、そのため被申請人会社の製造管理課長として各職場に対し生産指令をする権限のある柴田義正が独自に或は被申請人会社の大野専務の命令で、プレス係長である申請人富永に対し再三チムニーの加工を最優先でなすべきことを命じたのに拘らず、申請人富永は前記決議に基きこれを拒否しこの業務命令に従わなかつたこと、又進行係にあつた申請人曽根もL型チムニーが不足し、製品の製造にも影響すべきことを知りながら敢てその対策を立てなかつたこと、そのため同月一九日には完成し梱包までしてある他の型の石油コンロよりチムニーを抜き取りこれを転用して優先的に完成を要する石油コンロを製造しなければならない様な事態となつたこと、このため完成品の生産は日々激減し、同月一九日には平常の三分の一に低下し翌二〇日には完成品の生産は全く望めない状態となつたことが疎明される。右認定に反する疎甲第一四、一五、二〇、二一、四五号証、同第五六号証の一及び申請人富永本人尋問の結果は措信しない。他に右疎明を動かすに足る証拠はない。(尚申請人等はチムニーの生産が出来なかつたのは他の仕事に忙殺されていたためであると弁疎するが、仮に他の仕事があつたとしても最優先でチムニーを製造する様命令権者より命令を受けた場合にはこれに従わなければならないこと当然であり、右弁疎は理由がない。)

以上の次第であるから被申請人が申請人富永、同曽根、同小島の主たる解雇理由として主張する同人等のチムニー生産停止の事実は認めざるを得ない。然し仮にかゝる事実があつてもそれが申請人等の正当な争議行為であるとすれば、これをもつて懲戒解雇の理由とすることはできず、反つてかかる正当な争議行為を理由として解雇すれば不当労働行為となることが明かである。そこで申請人富永等の前示行為が正当な争議行為に値するか否かにつき検討することとしよう。

成立に争いのない疎甲第二乃至四号証及び前示疎乙第三号証、証人大野啓行の証言並びに申請人富永本人尋問の結果によれば、申請人等は昭和三四年二月一二日組合を結成し、その旨同月一三日被申請人に通告し、同月一六日組合大会を開き各従業員につき基本給三〇%と一律一、〇〇〇円の賃上げ要求等を決議し、同日被申請人に対しこの要求につき同月一九日団体交渉を開くべきことを要求し、それに対し被申請人は同月一九日朝にいたり同日の団体交渉を準備のため若干の日時を要することを理由に延期する旨回答したことが疎明される。

これによれば同月一六日に組合が賃上げ等の具体的要求を掲げて被申請人に団交開催を要求したのに対し、被申請人が何らの回答もせず勿論話合いの機会も持たず従つて被申請人の右賃上げ等の要求に対する諾否すら解らないうちに、申請人等は団交要求の翌日頃より前認定の如きチムニーの生産をなさず、これによつて石油コンロの製造と云う被申請人の業務を完全に停止させて了つたこととなるのである。元来争議行為の正当性の限界は遽に確定し難い困難な問題であるが、憲法が労働者に認めた団結権、団体交渉権その他の団体行動をする権利と他方憲法が一般国民に対して保障する財産権の不可侵、自由権等の基本的人権との調和点に、換言すれば現行法秩序全体との関連においてその正当性の限界を見出されなければならず、決してこの基本的人権が労働者の争議権の無制限な行使のまえに悉く排除されると云うものではなく、又この基本的人権が争議権に優越すると云うものでもない。従つて申請人等主張のように、労働者が労働者の地位を向上せしめるための自己の主張を貫徹する目的でなされる争議行為が、全て正当であると云えないこと明かである。

ところで憲法第二八条が労働者に団結権、団体交渉権、争議権その他の団体行動をする権利を認め、労働組合法が正当な争議行為につき民事上刑事上の責任を免除しその他の労働者の保護規定を置いている理由は、労働者が使用者とその労働条件等につき折衝するに際し、使用者の資本的優位のため兎角対等の立場における折衝を期待できない事情にあるため、労働者に団結権等を与えることによつて労働者が使用者と対等の立場において折衝をせしめようとしたものである。これを争議権についてみるならば、確かにこれは憲法で保障された労働者の権利ではあるが、それは決して抜打ち的に突如として争議行為に訴えること(一方が争議行為に訴えればその相手方は普通甚大な損害を蒙ることとなるのである。)を許容するものではなく、労働者がその労働条件をよりよきものとするため使用者と折衝しその要求が通らない場合に始めて争議行為に訴えてこそ労使の対等が維持されるものと思われる。このことは労働者の要求を使用者が直ちに容れる場合のあることを考えれば明かである。もつともこれは必ず労使の折衝を経た後でなければ争議行為に訴えることができないとするものではなく、労使の対立状態ができてから始めて争議行為に訴えて十分であると考えるのである。

これを本件について見れば、前認定の如く申請人富永等は、被申請人に対する最初の団交開催要求直後被申請人の何らの回答もないうちに直ちに抜打ち的に争議行為に訴え、それによつて被申請人に対しその業務を全く停止せしめ甚大な損害を与えたものであつて、最早これは正当な争議行為であると云うことはできない。もつとも本件において被申請人が組合の団交開催要求に対し速かにその開催についての回答をなさず又要求された一九日の団交を十分な理由なく(賃上げ要求等については別として――これとても団交の機会を持つことは一向差支えないのであろう)延期したことは遺憾なことではあるが、事後のこれらの事実をもつて申請人等の行為を正当化することはできない。

斯様に申請人富永、同曽根、同小島のなした前記行為が正当なものでないとするならば、かゝる行為は上司の命に従わず、会社の秩序を乱し、又会社の業務を停止せしめるような重大なことであり、それは到底正常な雇用関係を継続せしめることを不可能とするものであるから、その余の解雇理由について判断するまでもなく被申請人が右申請人等の行為が就業規則(昭和三四年二月一日より施行のもの疎乙第二号証)第四四条第八号等に該当するものとして同規則第四七条に基き同人等を懲戒解雇に処したのは止むを得ない措置であつたと云わなければならない。

尚右就業規則の有効性が争われているのでこゝに判断を加える。証人大野啓行の証言によれば、右就業規則は、昭和三一年制定された就業規則を昭和三四年一月末頃従業員斎藤孫吉の意見を聞いて改正し、同年二月一日より施行したものであることが認められる。これに対し申請人等は周知方法をとらず又行政官庁えの届出が懲戒解雇後であることを理由にその適用は受けないと主張するが、従業員えの周知、行政官庁えの届出を規定する労働基準法の規定はいずれも訓示規定であつて、仮にこれに違反したとしてもその就業規則の有効性に消長を来たさない。

三、申請人金内の懲戒解雇理由について

被申請人が申請人金内の解雇理由の一つとして主張する同人が男子工員と兎角の風評があつたり工場の風紀を乱す様な行為があつたとの事実は、疎明がない。

然し他の解雇理由たる同人が昭和三四年二月一一日より七日間無断欠勤したとの事実は当事者間に争いがないところである。只申請人はその理由が被申請人会社工場長が仲に入つての縁談が破談になつたためその精神的苦痛を癒すために欠勤したものであり、その事情は被申請人も知つていたもので正当の事由がなく無届欠勤したものでないと主張するが、当裁判所が真正に成立したものと認める疎乙第四六、四七号証によれば、同工場長がその縁談の仲介をしたとも見られず又一旦まとまつた縁談が破談となつたものとも認められない。又同申請人の欠勤理由を被申請人が知つていたことの疎明はない。これに反する疎甲第三二、五〇号証は措信できない。とすれば申請人金内は正当な事由がなく長期間に亘つて無届欠勤したものであるから就業規則第四四条第二号、第九条第九号に該当するもので、被申請人がこれを理由として同人を懲戒解雇に処したとしても、これ又止むを得ない措置であつたと云わなければならない。

四、以上の如く被申請人が、申請人等を懲戒解雇に処したのが正当であるとするならば、これをもつて直ちに不当労働行為と云うことはできず、又被申請人が懲戒解雇に名をかりて真実は申請人等が、組合の結成等の正当な組合活動をしたのを嫌悪したり或は組合の正当な団結権を阻害したりすることを決定的理由として、申請人等を解雇したものであることの疎明がない以上、申請人等の本件申請は全て理由がないこととなり却下を免れない。よつて申請費用は申請人等の負担とし主文のとおり判決する。

(裁判官 岡岩雄 田中加藤男 近藤和義)

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